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和霊神社と龍馬脱藩祭

■和霊神社
 高知市神田字水谷山に鎮座する。
祭神は、宇和島伊達藩家老山家清兵衛公頼。神号和霊大明神。
坂本龍馬(天保6年(1836)-慶応3年(1867))の4代前の先祖、坂本八郎兵衛直益が宝暦12年(1762)坂本家の屋敷神として宇和島の和霊神社を勧請し、当時、坂本家(才谷屋)の土地であった水谷山に建立したものである。
正殿の石祠に「奉建立山神社土儒郡神田水谷山宝暦12年壬午4月朔坂本八郎兵衛直益百拝」と刻まれている。
明治維新後、明治15年に才谷屋が没落するまで坂本家の所有であったが、その後神田地区の住民が氏子として管理するようになった。
祭神の山家清兵衛公頼は、伊達政宗の長男である宇和島伊達藩初代藩主伊達秀宗の家老で、反対派の家老桜田玄蕃一派の讒言により元和6年(1620)非業の最後を遂げた。が、死後もなお君家を守護する山家清兵衛の冤罪を晴らし、霊を和ませようと、伊達秀宗が寛永8年(1631)に建立したのが縁起である。戒名は天祥院殿心渓常涼大居士。
国学者でもあった坂本八郎兵衛が、大衆の守護神とし信仰されていた和霊神社の由来を知り、分祀したといわれている。
坂本龍馬は、文久2年(1862)3月24日に脱藩。その際、「吉野に花見に行く」と言って、神社に立ち寄り、水杯を交わし、決意したという伝承が伝えられている。境内には、嘉永5年(1852)年号の燈籠や昭和60年の「坂本龍馬先生脱藩記念」碑がある。
 
■龍馬脱藩祭
昭和60年に和霊神社氏子や地元地区の高神公民館、高知青年会議所等が中心となり、龍馬生誕150周年の記念事業として、当時の中内力高知県知事、横山龍雄高知市長等約700人の参加の下に龍馬脱藩祭を初めて開催した。
その後、毎年3月24日前後の日曜日に開催している。

■和霊神社宝刀
元々、坂本家が所有し、祭事の際に奉って来ていたが、子孫が高齢化したので、氏子総代に保管と管理を依頼されたものである。
打刀で刀身二尺三寸(70.9cm)、南北朝前後(鎌倉後期から室町幕府成立頃)の大和手掻派の製作とみられる。
試銘「慶長之頃敵之請太刀ト共ニ大袈裟不懸切落其後度々二ツ胴落河野苗裔武市某所持之」。
平成19年6月30日、高知県立坂本龍馬記念館に寄託し、保管されている。
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Author:和霊神社と龍馬脱藩祭
高知県高知市神田にある坂本龍馬ゆかりの和霊神社です。

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